
学会について
会長就任にあたって ― 未来志向で拓く無機マテリアル学会の新時代に向けて ―
1.はじめに
このたび,無機マテリアル学会の第20代会長に就任いたしました工学院大学の大倉利典でございます.身に余る大任を仰せつかり,責任の重さを痛感しております.伝統ある本学会の歴史と理念を受け継ぎつつ,時代の要請に応えるべく,誠心誠意努める所存でございます.会員の皆様におかれましては,今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます.小嶋芳行前会長(日本大学理工学部教授)の多大なるご尽力に敬意を表するとともに,これまで本学会の発展を支えてこられた歴代会長,理事,会員の皆様に心より感謝申し上げます.また,新たに副会長として松原維一郎氏(吉澤石灰工業株式会社代表取締役社長)および相澤守氏(明治大学理工学部専任教授)をお迎えし,新体制のもとで学会活動を開始いたしました.
無機マテリアル学会は,日本学術会議(旧学術研究会議)内に設置された窯業原料協議会石膏分科会を母体として,1950年(昭和25年)2月に「石膏研究会」として創立されて以来,半世紀以上にわたり歩みを重ねてまいりました.1953年から1965年にかけては「石膏石灰研究会」,1995年までは「石膏石灰学会」として活動を継続し,以降「無機マテリアル学会」へと発展を遂げております.この間,セッコウ,石灰,セメントをはじめとする無機質材料に関する研究と技術開発を軸に,学術の振興と産業の発展に大きく寄与すべく,会員の皆様,関係企業,諸団体とともに歩んでまいりました.2025年は,創立75周年という大きな節目を迎えるにあたり,改めて本学会の歴史を顧み,次なる飛躍のための礎を築く好機と捉えております.
2.創立75周年記念事業
創立75周年の記念すべき年にあたり,2025年6月5日に明治大学駿河台キャンパス・グローバルフロントにおいて記念式典ならびに祝賀会を開催いたしました.記念式典では,これまで学会に多大な貢献をされた会員の方々への記念表彰を行い,その功績を称えました.また,記念講演会では,東京科学大学の坂井悦郎先生および物質・材料研究機構の目義雄先生をお招きし,最新の研究成果と今後の展望についてご講演いただきました.いずれも,無機材料研究の最前線と将来展望に関する極めて示唆に富んだご講演であり,今後の研究・技術開発の方向性を考えるうえで大いなる示唆を与えてくださいました. 続いて,同キャンパス・リバティータワー23階 岸本・宮城ホールにて開催された記念祝賀会では,世代や産官学の垣根を超えた活発な交流が行われ,盛況のうちに幕を閉じました.学会の今後を支える連帯感を強く感じるひとときとなりました.さらに,記念事業の一環として,英文による学術論文誌の創刊も実現し,本学会の国際的発信力を一層高める重要な一歩となりました.世界に向けて無機材料分野の知的成果を広く発信することを目的としております.
3.国際交流の推進
無機マテリアル学会は,国際交流にも積極的に取り組んでまいりました.これまでに,2004年(オランダ・アイントホーフェン),2013年(フランス・レンヌ),2018年(ベルギー・ゲント),2023年(フランス・モンペリエ)において,無機・環境材料に関する国際会議「International Symposium on Inorganic and Environmental Materials(ISIEM)」を主催・開催し,欧州を中心とした研究者・技術者との活発な意見交換を行い,学術的ネットワークの拡大と日本の無機材料研究のプレゼンス向上に寄与してまいりました.現在,2027年に予定されている次回ISIEM 2027の開催地をオーストラリアとし,本学会がその主導的役割を果たすべく準備を進めております.加えて,共催や後援という形で各種国際会議や研究集会との連携も図っており,無機マテリアル分野における国際交流のさらなる発展を目指してまいります.
4.会員サービスと広報活動
学会の活動基盤を支えるのは会員の皆様です.しかしながら,近年,会員数は減少傾向が顕著であり,2025年4月時点での正会員数は477名,学生会員は59名となっております.会員数の減少に関しましては,無機マテリアル学会のみならず,ほとんどの材料関連の学協会で同様の状況にあります.すなわち,時代の変化,社会あるいは産業構造の変化が要因であります.こうした状況の改善に向けて,会員サービスの一層の強化による会員満足度の向上や,国際的プレゼンスの向上等による価値創造に努める所存です.会員数減少のさらなる一因として,会社や学校などを定年退職された正会員の退会が挙げられます.この傾向に歯止めをかけることが喫緊の課題となっております.こうした状況を踏まえ,本学会では新たにシニア会員制度を導入しました.これは,経済的負担を軽減しつつ,定年後も学会活動に継続して関与していただけるようにとの配慮から,年齢別に2種のシニア会員を設けたものです. また,学会財政状況の改善を目的として,正会員の年会費を従来の7,000円から8,000円へと改定しました.併せて,ホームページ上に企業向けのバナー広告の掲載を可能とするなど,企業広告による収益確保にも努めております.企業の皆様には積極的なご支援・ご応募をお願い申し上げます.
さらに,会員の利便性を高めるため,インターネットを活用した会員管理システムを導入し,各種手続きの効率化と情報共有の迅速化を図っております.これにより,会員サービスの向上とともに,事務局業務の省力化にも貢献しております.論文投稿に関しては,オンライン投稿システムを導入し,利便性を高めました.これにより,国内外からの投稿がしやすくなり,学術誌の質的向上と投稿数の増加を期待しております.
持続的な発展のためには,さらなる取り組みが不可欠です.特に若手会員および学生会員の積極的な参画・育成は今後の学会運営において重要かつ喫緊の課題であり,セッコウ,石灰,セメント,さらには地球環境材料などに取り組む企業の実態に触れる機会を提供することが,その関心喚起の一助となると考えます.そこで,企業の正会員と学生会員を対象とした見学会・懇談会を企画・運営し,学会の「顔が見える」魅力づくりを推進していく所存です.これは,若手に産業界の現場を知ってもらい,将来の進路選択や研究活動の動機付けとしても有効であると考えております.加えて,学術講演会や若手研究発表会など,研究成果を発表する場の拡充にも努め,若手研究者の成長を後押ししてまいります.
5.学会出版物とハンドブックの改訂
本学会が1995年に発行した「セメント・セッコウ・石灰ハンドブック」は,今なおセメント,セッコウ,石灰,リン酸カルシウムなどの研究に携わる研究者・技術者にとってのバイブル的存在として活用されております.本書は,各種無機材料の基礎的な合成および物性,さらに製造プロセスに至るまでを体系的にまとめたものであり,会員への重要なサービスの一つでもあります. しかしながら,本書の発行からすでに30年近い歳月が流れ,収録されている統計データの更新や,新規材料・プロセスの追加など,改訂の必要性が高まっております.今後,ハンドブックの全面的な改訂に向けて準備を進め,最新の研究成果を盛り込んだ内容へと刷新し,時代の要請に応える知の基盤として再構築していく所存です.
6.おわりに
私自身は,ガラスや結晶化ガラスといった無機材料の構造と機能に関する研究を通じて,基礎と応用,学術と産業,そして人と人とのつながりの重要性を痛感してまいりました.本学会は,まさにそうした多様な交差点として機能する場であり続けてきたと感じております.無機材料は,時代のニーズに応じてその姿を変えながら,常に科学技術の根幹を支えてまいりました.高温での安定性や機械的強度,化学的耐久性といった特性は,エネルギー,環境,医療,情報,宇宙といった多様な分野において不可欠であり,今後の社会課題の解決においても中心的な役割を担うものと確信しております.加えて,近年のナノテクノロジーやデジタル技術との融合により,材料設計や評価手法は飛躍的な進化を遂げており,無機材料の可能性はますます広がりを見せております. こうした状況のなかで,本学会には多様な知と技術が交差する場として,次代の価値創造を先導する責務があります.その実現のためには,以下の三点を柱とした学会活動の強化が重要であると考えております.
第一に,「学際融合による新たな価値創出の場」の構築であります.従来の材料設計・加工・評価の枠組みを越え,データ科学,生体模倣,循環経済などの異分野との連携を積極的に推進し,無機材料の革新に繋がる知的触媒の役割を果たす学会を目指してまいります.そのためには,委員会活動の更なる活性化と,学会誌・学術講演会などを通じた分野横断的な情報発信が不可欠であります.
第二に,「次世代を担う人材の育成と支援」であります.学会の持続的発展には,若手研究者・技術者が希望と誇りをもって活躍できる環境の整備が欠かせません.特に博士後期課程学生や若手ポスドクの学会参加を促進するため,講演会での発表支援,受賞制度の充実,交流イベントの企画など,多様な機会の提供に努めてまいります.また,産官学連携を通じたキャリア形成支援にも注力してまいります.
第三に,「社会との対話と共創の推進」であります.カーボンニュートラル,資源循環,防災・減災といった社会課題の解決において,無機材料が果たす役割は大きく,社会との接点を意識した研究展開が求められております.本学会としても,広報活動やアウトリーチの充実を図り,社会との双方向的な関係構築を目指してまいります.とりわけ,産業界との連携強化により,研究成果の社会実装や標準化への貢献を目指していく所存です.
創立75周年という節目を迎えた今,我々は過去を礎としつつ,新たな未来に向けて歩み出す責任を負っております.変化の時代においても,本学会が無機マテリアルの未来を切り拓く羅針盤であり続けるために,会員の皆様とともに,活発かつ実りある活動を展開していく所存です.無機マテリアル学会は,学術と産業の橋渡しとして,また世代や国境を越えた連携の基盤として,大きな役割を果たしてまいりました.この伝統を継承するとともに,時代の変化に柔軟に対応しつつ,より開かれた魅力ある学会づくりに努めてまいります.
会員の皆様におかれましては,引き続き本学会へのご理解とご支援を賜りますよう,何卒よろしくお願い申し上げます.
本会会長 工学院大学先進工学部長・応用化学科教授 大倉 利典